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「ジキル&ハイド」4/15マチネ・4/28ソワレ(前楽)

「鹿賀丈史ファイナル公演」と銘打った今回の「ジキル&ハイド」。遠征の予定はありませんので、私は東京公演を以って観納めとなりました。2回分の感想をまとめて書くことにします。

というか、15日のマチネの方は以前「オペラ座」がご縁で知り合った方と予定が合ったので終演後にお茶……のはずがいつしかその液体がお酒へと変わり、気がつけば6時間近くも特濃トークを繰り広げてしまった為に舞台の記憶が雲散霧消してしまったという…。2階A列ど真中で観ていたので、アンサンブルのハーモニーの素晴しさに鳥肌立ちまくりだった事、照明の効果的な使い方に感心しきりだった事位しか覚えておりません…。まあジキハイは全てシングルキャストだし、アドリブも無いし、常に高め安定の出来なのでまとめてもいいかなあと(汗)。



28日ソワレの前楽は「最後だから出来るだけ前!」と思って1階A列下手サイドブロックで観ていました。全身ノリノリで指揮する西野さんとか、ジキル&エマの不自然なキス寸止めポーズ(このシーン、観ている方が逆に恥ずかしいのでサラリとやってしまった方がいい気がするのですが…何故?)とか、実験室の机の後ろに隠れている黒子さんとか、見えない方が良いモノが沢山見えてしまう席ではありましたが、やはり肉眼で表情が確認出来るのが良かったです。特にジキル⇔ハイドの入れ替わりは、後方席だと照明・声音の変化でしか判別できませんが、前方だと表情でもわかるので目が離せませんでした。



あとアンサンブルさんの判別がつくのも前方席の楽しみですよねえ。「事件、事件」で執事のプールが殺人事件の記事の載った新聞を購読し、薬屋に怒鳴り散らすジキル博士を屋敷の窓から複雑な表情で見ている事に初めて気がつきました。「もしやこの殺人事件の犯人は旦那様なのでは…?」と不安と疑念を抱いているのでしょう。きっとこんな風に、私の気づいていない細かいお芝居がまだまだ沢山あるんだろうなあ。



実は鹿賀さんのジキル&ハイド……本音を言うと台詞回しと歌い方がかなり苦手だったりします。台詞はちょっと早口で聞き取り辛いと感じてしまうし、歌はブレスの呼吸音と声を伸ばした時に語尾が上がるのが気になってしまうんですよねえ。

そういえば以前鹿賀さんがTVのバラエティ番組に出た時に、四季の開口法をやって見せてくれと頼まれて発声練習をやってみせたら思いっきり噛んでしまい、「あれ(開口法)は役に立つ人と立たない人がいるんだよ!」とプチ逆ギレしていたのを思い出します。駄々っ子みたいでかわいかったなあ。「JCS」上演時に寝坊していつもなら楽屋入りする時間に起きてしまい、とりあえず劇団に電話をして「誰か代わりにやらない?」と聞いたけど(呑気すぎる(笑))代わってくれる人がいないので(そりゃそうだろう…ジーザス役ですよっ!?)劇場に向かう車の中で発声練習をして開演には間に合ったけどメイクが完成していなくて、劇中で段々メイクが濃くなっていって顔が出来上がったのは終演頃だったとか。



えー話が壮大に逸れましたが、個人的な癖はさておきやはり2つの人格の演じ分けは素晴しいです。声だけ聞いていると同じ人とは思えない程で、特にハイドの時の「憑いている」恍惚感が観ていて快感すら覚えます。



登場したばかりのハイドは理事会のメンバーを殺害していきますが、この段階でのハイドの行為はジキルの心底にあるマイナスの感情を究極に具現化した結果であって、それはあくまで元来ジキルに内包されていたもの。それがいつの間にかハイド自身が自我を持った完全な別人として成長しているという、2つの人格の力関係の変化に引き込まれます。

ちなみに薬で一端封じられたはずのハイドが結婚式の当日という契機に再び現れたのは、エマではなく最初からジキルを殺す事を目的としていたのなあと思っています。「俺を撃て!俺を自由にしてくれ!!」と叫ぶ声がハイドの声に聞こえたので「ハイドがジキルという『肉体』を滅ぼす為に言ったのか思ったのですが、途中で「頼む」という言葉が入ってるのでちょっと迷う所です。「生きている」でハイドが叫ぶ「自由だ!!!」に対してのジキルの「自由」なのかもしれないですし、アターソンが撃ったのはジキルだという方がしっくり来る気もするし、きっと解釈は色々なのでしょうね。



マルシアルーシーは相変わらず一分の隙もなく完全にルーシーそのものですが、前回公演より更にいじらしさ・純粋さが増した様な気がします。もうとにかくカワイイ…。

一番好きな場面は「ルーシーの死」でハイドに「あいつにあって俺に無い物とは何だ!」と問われた時に「あの人は優しくしてくれたわ…」と呟くところです。本当はその胸に抱えきれない程の想いを抱いているのに、それを「優しい」というありふれた言葉でしか表現できない不器用さ。ハイドに否定されると言い返すことも出来ずに首を横に振るだけの「弱さ」がたまらなく切ないです。同じ事をエマが問われたとしたら毅然とした態度でハイドに相対したのだろうなあと思います。

ルーシーとエマ、ジキルを愛する2人の女性の在り様も考え始めるととても面白いですよねえ。2人ともジキルへのひたむきな想いは同じですが、そのひたむきさの「質」が異なるのかなと。ルーシーは虐げられてきた彼女の人生の中で唯一の光明であるが故の純粋さ、エマは周囲に愛されて育った者が持つ揺らぐことの無い心の強さ故の純粋さ。個人的にはそんな印象を持ちました。




で、その蘭々エマですが。前回公演時は知念さんの代役でしたが「声量と安定感はもうちょっとだけどあの高いキーをちゃんと歌えてるし。TVの印象とは大分違って落ち着いた演技も出来るんだなあ、でももうちょっとメリハリが欲しいかも。」と思いました。今回公演は初めから本役としてのキャスティングだったわけですが……感想は前回公演の時と変わりませんでした(汗)。良くも悪くもほとんど変わっていないかなあと。最後ハイドに殺されそうになる時以外は、初めから終わりまでテンションや抑揚がずっと同じ…「人肌温度で一定」な印象でちょっと飽きてしまうんですよねえ…。ジキルの研究室で一瞬ハイドの影に気づいた辺りではもう少し目に見える変化が欲しい気が。

他の主要3人、ジキル・ルーシー・アターソンはそれぞれ恐怖や不安を抱えて感情が揺れるのに、エマだけが静かな印象なのが個人的には物足りないのです。聖母の様に「全てを許す」が為の平静さ、というのもわかるのですが、周囲がドラマティックなだけに温度差を感じてしまうのが正直なところです。



戸井アターソン、私は結構好みでした。仕事も人間関係も融通を利かせて万事要領よく済ませてしまう人という感じですが、「性格も嗜好も違うのに何故かウマが合う」というのが不思議とストンと理解できてしまう雰囲気がありました。ジキルの頑固さや閉鎖性を諌めながらも同時にその性質を尊敬している感じが伝わってきました。理屈では説明できないのですが…。

ハイドがジキルでもあると知ってから、それまでのちょっと軽い感じから真剣モードにガラっと切り替わるのも良かったです。

何より戸井さん…二枚目だわ長身だわ美声だわ歌唱力あるわで4拍子揃ってるじゃないですか(笑)!色々なタイプの役をこなせそうですよねえ。王子様系ヒーロー役も悪役もどっちもいけそうで、他の作品でも是非お目にかかりたいです。



28日ソワレは東京公演前楽だったので、カテコの回数も多くて送り出しの音楽は2回演奏されました。今回公演で暫く封印だそうですが、その封印が解かれる時…どなたが2代目ジキル&は井戸を演じられるのか非常に楽しみです。皆様の期待も含んだ(?)予想でお見かけする名前は内野さん・カズさん・禅さん位でしょうか。

それに加えて最近私の中で急上昇の今さんもイケると思うのですが(笑)。歌は巧いし、役作りも隙なくキッチリこなす方だし、基本熱いタイプの演技だし…ダメですかねー?





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