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10/27「ジーザス・クライスト=スーパースター~ジャポネスクver~」ソワレ
遠征観劇から1週間が経ちました。たった1週間なのに随分長い間観ていない様な気がしてなりません。物理的にどうやってもエルサ楽の日まで遠征出来ないのですが、むしろ良かったかも知れない…そうでなかったら財政を省みず絶対突発しちゃってると思うので。

さて京都「JCS」初見。ヘロデ王の衣装が変わったよ~というのは聞いていましたが、それよりも群集の皆さんの衣装変更の方がビックリでした。衣装っていうか…裸じゃん!!
男性アンサンブルさん達の露出度の高さは♪あれはナニゴトですか~?日本史専攻の癖に文化史方面はからっきしなんでよくワカランのですが、あれも安土桃山風ということなのでしょーか。
「せっかくエルサでアンサンブルさん達が少しは見分けがつくようになったのに、ジャポだとまた♪誰が誰か~だろうなあ」と思っていたのに、首から下で見分けがつくようになってしまった。裸で胸毛は上出さん~とか(苦笑)。女性陣は相変わらず麗子さん以外わかりませんが。
ジャポ版ではうさぎさんが売られていないのがちょっと寂しい「テンプル」のシーンですが、相変わらず岩城さんはイキナリ人格豹変の暴れっぷりでした。まず武智さんが売っていた数珠を強奪。商品が入っていたカゴも強奪。ひょうたんに入った酒を浴びる様に飲み、最後にまた武智さんに難癖をつけて殴ってました。あのイベントの司会っぷりと同一人物とは到底思えん。役者ですねえ。

京都公演のマリアは入れ替わりが激しいですが、この回は高木マリア。評判の良い西マリアが観たかったのでちょっと残念だなあと思っていたのですが、東京の時よりカドが取れて表情も豊かになっていて良かったです。
「♪遊ぶには良いけれども普通ならキスさせる相手じゃない」と言われた時の表情が、東京エルサとは全然違いました。東京の時は「あん?アンタ誰に向かって言ってんのよ?」的目力が凄くて、まあそれはそれで愛人VS本妻みたいな感じでアリでしたが(アリなのか…どっちも性別が女だが…)。今回は「侮蔑を浴びせられて屈辱を感じつつも、言い返すことの出来ない立場に悔しさを噛み締めている」みたいな感じで。あ、私はJCSの「マグダラのマリア」は元娼婦だと思って観ているのでそう感じたのだと思いますが。

村ピラトと飯田カヤパの掛け合いに前回のW怪人共演を思い出しました。ああ…どこを切り取っても好みの美声祭りで無上の幸せですっ。田島ピラトを見慣れていたので、石つぶてが飛んで来ても微動だにしない村ピラトの威風堂々っぷりが新鮮(笑)。ところで東京ジャポの記憶がもはや霞の彼方なのですが、ピラトが手を洗うシーンの照明、あんなに赤が強かったかなあ?私の席からだと赤い照明に隠れてしまい、手が血で染まっているのがわかりづらかったです。

単位が心配な(苦笑)飯田カヤパは相変わらずステキな低音vv……だったのですが、あの若さであのお腹の見事さはマズイのでは…。飯田さん大好きな私だけに、目の前の現実と向き合うのが辛かった(汗)。まあ「オペラ座」東京公演時のパンフを見れば、もともとお肉がつきやすい体質なのだろうという事は想像に難くないのですが。でもでもーっ!!お願いだから「エルサ」にも出て下さいね、飯田さん…。エルサなら衣装で隠れるから安心して観れるから…。

大塚ヘロデはすっごく小柄ですねえ。京都版の衣装ならシモ様より大塚さんの方がお似合いなのではないかなあと思いました。シモ様だと衣装が余計地味に感じてしまいそうかなと。でもよく見たら京都のヘロデも胸に針金と黒バラついてて、普通に考えるとカブキ者どころではないぶっ飛び様なのですが。
背丈と若衆風のカツラのせいか、「王」というより「王子」に見えました。父王は立派な人なのに不肖の息子は酒池肉林に戯れている…という王道パターン的な。もっとぶっちゃけて言えば桃太郎とか浦島太郎とかに見えた私です。いやそれ位可愛かったという事ですが。

さて本題の柳瀬ジーザス&スンラユダはもうもう筆舌に尽くし難い熱演でした。
東京でエルサ初日を観た時にジャポとは別人の様にオッサ…イヤその…なヴィジュアルのスンラさんにプチショックを受けた私ですが(観るうちにそんな事はどーでもよくなりましたし)、今回は逆にジャポ版のスンラユダの綺麗さにビックリしました。大八車の後ろからガッ!!と出てくる初っ端のシーンで「わースンラさんキレイ!カワイイ!!」と場違いな感想でウレシクなってしまったり。でもそのキレイな顔が、舞台が進むにつれて涙と汗で滲んでくるのが切なくてねえ…。

「最後の晩餐」で柳瀬ジーザスがスンラユダを抱きしめるのはもはやデフォの模様ですね。今回も突き放す前にスンラユダの背中をグッと抱きしめてました(号泣)。

舞台本編から話が豪快に逸れますが、このシーンを見ると私はいつも聖書の100匹の羊のたとえ話を思い出すのです。有名な「ある人が羊を100匹持っていて、その1匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて迷い出た1匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もしそれを見つけたら、迷わずにいた99匹よりその1匹のことを喜ぶだろう。」という、弱者を決して見捨てはしないという有名な聖書の教えです。
が、私は「JCS」のジーザスを見ていると、ジーザスがのほほんと草を食んでいる99匹の羊(=世の人々)の為に、迷い哀しむ1匹の羊(=ユダ)を血を吐くような思いで置き去りにした様に思えてしまうのです。他の何よりも大切だったはずのその1匹の羊を……。

妄想の世界から話は元に戻って。「裏切り」の接吻の後、ジーザスの肩から腕を伝って最後に手をぎゅっと握り締めるユダ、「ユダ見捨てるのかお前は…」の言葉にビクッと体を震わせるユダ…もうどれも思い出すだけで泣きそうなのですが、その後続くカヤパの邸での尋問でもはや自力では立っていられず兵士や司祭たちに首根っこを掴まれる様にして体を支えているスンラユダに涙でした。「自殺」の「♪どうして愛したのか?」「♪あいつが死んでも生きていられるか…?」辺りは余りの悲痛さに息が出来ない程。
でも「スーパースター」ではゴンドラに腕をもたせかけ皮肉な笑みをうかべつつ歌い上げる姿は別人の様にカッコいいんですよねえ。ジャポでユダが自分が被っていた茨の冠を投げる演出は凄く好きだなあ。エルサでもやって欲しい位です。

なんだかユダの事ばっかり書いてますが、スンラユダの熱演も受けて立つ柳瀬ジーザスがいてこそ。ちょっと変わった拘りかもしれませんが、「ピラトの夢」で立ち去る柳瀬ジーザスの背中が大好きなシーンなんです。背中だけなのに…何故あれ程までに美しく哀しいのか…。
「そういう演出だから」と言えばそれまでなのですが、「そして消えた」の歌詞と共に消えられると凄い喪失感が湧き上がってきて、毎度うるっときてます。

でも実は一番泣けたのはカテコだったりします。
もうもうスンラさんが完全に魂抜けていてボロボロのヨロヨロで…。袖から出てくる足取りもおぼつかないし、笑顔を見せる余裕なんてまるで無さそうで今にも倒れそうな程。エスコートが必要なのは高木さんの方じゃなくてスンラさんですからーっ!!と心の中で柳瀬さんに文句を言う私(苦笑)。
感動と感謝を拍手で表したいけど、そうするとカテコが長引いちゃうし、スンラさんを一刻も早く解放してあげたいような、でもやっぱり柳瀬さんの袖入りペコリまで見たい……と、もう訳がわからなくなってきたところに、柳瀬さんが繋いだ手を離す直前にグッとスンラさんの手を握り直したのを見て撃沈。本編以上に泣けました。

早いものでジャポは残すところ後1週間ですか…。その後1週間お休みがあるので、エルサもスンラユダで完投してくれると良いなあ。芝さんはその間是非猫屋敷に!(←欲望丸出し)





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またまたお邪魔します。
まだ、1週間しか経っていないのですよね。私もこの1週間が1ヶ月にも感じました。
私もあの公演で一番印象深かったのが、カーテンコールのスンラさんの姿でした。一日2公演ということもあったのでしょうか、まさに燃え尽きたという感じでしたね。“ああ、今日この公演を観ることができてよかった”と感慨深くなりつつも、あの脱力っぷりを目の当たりにすると・・・。エルサでもぜひスンラユダを観たいのですが、JCS千秋楽後は、東京公演のときのようにタガーで弾けていただいて、精神のバランスを取っていただくといいのでは・・・と余計なお世話なことを考えてしまいました。
柳瀬さんの「ピラトの夢」での後姿、私もぐっときます。じるさんがおっしゃるように背中だけなのに・・・柳瀬ジーザスは、背中で語るというか、もはや佇んでいるだけでも客席に伝わるものがありますね。
それから、ピラトの鞭打ち後の手洗いのシーン、“今日はえらく照明が全体的に赤いなあ”と私も思いました。“2階から観てるから?”と思ったのですが、1階も2階も関係なかったようですね。京都公演初日に観た時は、普通に手が血で赤く染まるようにみえた気がするので、もしかしたら、あの公演だけのことだったのかもしれません。
100匹の羊のたとえ話、非常に興味深かったです。JCSやオペラ座のような作品は、観れば観るほど理解が深まるし、バックグラウンドを知れば知るほど面白くなります。教えていただいてありがとうございました。

じるさんの観劇は、あと1ヵ月後なのですねー。きっと待ち焦がれたぶん、感動も大きくなるのではないでしょうか。素晴らしい観劇になることをお祈りしています。
purely | URL | 2007/11/04/Sun 20:23 [EDIT]
>purelyさん
どちらも素晴しい舞台だったのに、「オペラ座」は「満足した~!」なのに「JCS」は渇きが増す一方なのは何故なのでしょうね…。渇き過ぎの余り寺田ユダCDでも泣ける様になってしまいました。ヤバイです(笑)。

スンラさんがカテコでフラフラになりながら袖から出てきた瞬間、客席の空気が変わった様な気すらしました。1時間40分の濃密な時間を共有した舞台と客席の一体感とでも言うか…。全身全霊を込めて演じている事が痛いほど伝わってきて、本当に胸うたれました。
柳瀬さんは割と器用にモードを切替えて気分転換をされているという印象があるのですが、やはり役と適度な距離感を保つ事が出来るのは長年演じられてこそなのかもですね。そうでなくてもON/OFFの切替えの早さってその人の性格に拠る所が大きいですもんね。スンラさんはその辺り引き摺るタイプな気が…私も余り切替は巧く無い方なのでいくら周りに「舞台が降りたら気を抜きなよー」といわれても無理なんだろうなあと考えてしまいます(オマエと同じ次元で語るなという感じですが)。でも例え肉体的・精神的に疲労を感じていらしたとしても、スンラさんがユダという役を演じる事にそれ以上の喜びを抱いていらっしゃるといいなあと思います。

柳瀬さんの後ろ姿、ほんっと切ないですよね(涙)。「そして消えた」でフッと照明が消えるともの凄く悲しくなってしまい、走っていって引き止めたくなって仕方がなくて。てかここでも弟子達は寝くたれとるのかーっ!!キミタチどんだけ眠いんだ?とか思ったりも(笑)。

あ、やっぱり照明赤かったですよね?あのシーンはいつも総督の豪華衣装に血糊がついてしまわないか心配で気になってしまうのでつい注目してしまう箇所なのでアレ?と思ったのですよねえ。京都は2階席が遠いので、照明効果で血の演出を判りやすくしたのかなあと思ったりも。

ちなみに羊の話を思い出すのはスンラユダ限定です。芝ユダはどー考えても迷える羊とは結びつかないので(笑)。私自身は全く勉強不足ですが、舞台に感動するとバックグラウンドの事も色々興味が出てくるので、少しでも教養を深められる様結び付けていきたいなあと思います。オススメの本などあったら是非教えて下さいませ~!
じる | URL | 2007/11/05/Mon 23:27 [EDIT]



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