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12/8「ジーザス・クライスト=スーパースター~エルサレムver~」マチネ&ソワレ(楽日)その2
今週末「ライオンキングを観たい」という友人の為に前予に参戦予定なのですが、間違えて「福岡LKのチケットを」と口走ってしまいそうです。何だこのキャストー!!てか芝ムファサと村スカー……?誤植(逆という意味で)じゃないですよね(笑)。冷静に考えると適材適所かどうか疑問符がついたりもしますが、豪華キャスティングである事は間違いありませんね。という訳で福岡LK開幕おめでとうございます。

前フリと本文が全く関係ないのですが、1ヶ月に渡って放置してきた「JCS」大楽の感想続きをコソっと書かせて頂こうかと…余りに時間が経ち過ぎているので私自身の妄想で上書きされている部分が多々あると思いますがご容赦を。
ところでレポは放置していたものの、この1ヶ月間「JCS」の事を思わなかった日は1日たりともありませんでした。漸く寺田CDを卒業し(笑)、海外盤を購入した事もあって毎日通勤電車の中で聞きまくっては想い出に浸っておりました。周りの皆様に意見をお伺いして購入したのは1996年のBW盤。ジーザスは柳瀬さんと余りに系統が違うので最初は「声高っ!」「わっかいなー」と思いましたが「ゲッセマネ」の高音ロングトーンときたら超人だし、ユダの声がカッコ良くて好きだなあ。あとヘロデ王のALICE COOPERなる人のプロフ写真が怖過ぎ(笑)。

さて「JCS」楽感想…その1で中途半端なまま終っている続きです。
場面は「私はイエスがわからない」。楽にして西マリア初見だったのですが、今公演3人のマリアのうち西マリアが1番好みだー!と確信したのはこの場面でした。
他のお2人方も声はキレイだし歌唱力は申し分ないのですが、西マリアは感情の乗り方が全然違いました。自身のジーザスに対する想いに動揺がすごく伝わってきました。それが最後には「怖くない愛してる」と歌い上げるに芯の強さ。聖母マリアにも通じる女性のしなやかな力強さの様なものを感じました。
ところでこの「怖くない愛してる」という歌詞、ユダが自殺のシーンで歌う「どうして愛したのか」と対をなしているのかもしれないとこの日初めて気がつきました。共にジーザスを愛する2人の対比がよく表れているなあと。「JCS」は曲の素晴しさは勿論ですが、岩谷時子さんの訳詞も素晴しいですよねえ。「JCS」という作品上の訳としても素晴しいし、何故か日常生活において自然に置き換えられちゃうのが妙に親しみ易いし(笑)。

ユダの「裏切」で銀袋を手をつけてしまった後震えまくっているユダの背後にジーザスが歩み寄ってくる所なんですが、柳瀬ジーザスが最後の1歩でわざと「足音」を立てるじゃないですか?もの凄い些細な事なんですが私、あのシーンが大好きでして。あのエルサレムの荒野を踏みしめるジーザスの足音、その音に師の気配を感じて振り返るユダ、迂闊に言葉を発する事も出来ない程の想いを抱えながら見つめ合うジーザスとユダ、そしてフッと視線を伏せたジーザスの目から一筋の涙が頬を伝って………この場面の繋がりの美しさといったら!!ああ…やっぱり書いてると渇くなあ(涙)。

「最後の晩餐」の感情のぶつかり具合はもはや筆舌に尽くし難いです。ユダの頭を掻き抱くジーザス…ユダではなく「自身の迷い・想い」を断ち切る様にユダを振りほどくジーザス…。私は9割方ジーザスとユダしか観てなかったのですが「三度もペテロは私を知らぬと言い」とジーザスに予言された時の本城シモンの演技が東京公演の時と変わっていて、おっ!と思いました。東京の時はジーザスの予言を信じられないといった面持ちだったのが、京都では当のペテロ以上にショックを受けてガックリと崩れ落ちていて、これからジーザスと弟子達を待っている運命を予感させるようで印象的でした。

ガックリと崩れ落ちるといえばユダが「傷だらけの哀れな獣の様だ」と歌いながら膝をついたのもこの回(大楽)で初めて観ました。口ではジーザスを罵倒する様な事を言いながら、諸刃の剣の様に自身もボロボロに傷ついているユダの姿…観ているだけで胸が引裂かれる思いでした。

柳瀬ジーザスの「ゲッセマネ」。東京公演では苦悩・悲哀が勝っていた様に思うのですが、京都公演でのあの感情の激しさ……何1つ答えてはくれない神への怒りすら感じる、まさに「魂の叫び」としか言い様がありません。

「逮捕」でジーザスに接吻をした後ユダがジーザスの手をぎゅっと握るのは最早デフォですが、この回ユダの手がジーザスの胸元を伝っていたような(汗)。はーもうどんだけジーザスが好きなんですかスンラユダってば…。
「ユダ…見捨てるのかお前は」と言われてビクッ!と振り返るユダ、「それでいいのだ…」とでも言うように小さく頷くジーザス…このシーンの美しさも思い出すだけでご飯3杯です。自分で裏切っておきながら逮捕されたジーザスが兵士に蹴転がされるのを見て思わず駆け寄りそうになるユダの弱さも泣ける…。
続く「ペテロの否認」での西マリアも良かった!「ペテロあの人は死ぬわあなたのせいよ」と言う声が震えてたんですよねえ。今までは「確かにペテロは弱いけどさーそこまで追い詰めんでも」と言う思いが内心あったのですが、そう言わずにはいられない程「ジーザスを失う恐怖」と必死に戦っている健気さが伝わってきました。

エルサverでは俊ヘロデは初見。ジャポより全然良かったー!何ですかあの瞬きの音が聞えて来そうなほどのまつ毛っ(笑)!!下様にひけを取らない濃さだったなあ。あの金の厚底サンダルも凄い。ヘロデガールズのヒールより歩き難いと思う。そしてあの厚底で「ドカッ」と蹴られる柳瀬さんの心中や如何に(笑)。

「ピラトの裁判」の村ピラトの迫力、いつもの事ながら凄まじかったです。とりわけ「お前が望むのなら死ねーーーーーーーー!!」の超ド迫力ボイス。まさに物語のクライマックスと言うか、ジーザスの最後の7日間の終着点に相応しいボルテージで、「死刑の宣告」という深刻な場面なのにそれまで走り続け、ほとばしり続けてきた感情の波動がふっと解き放たれる様な感覚を覚えたのが不思議でした。

事前に「上出さんのドSっぷりが凄まじい」と聞いていた鞭打ちシーン。どうもこの日は然程では無かった様ですが(前の週なんかは思いっきり逝っちゃってる笑い声を立てていたと聞いたので)、最後の方でニヤッと笑う笑顔が怖過ぎ。イケメンの笑顔ってあらゆる意味で強力な武器ですなー。鞭の振り方もキレイだなあと思いました。ジーザスを打つ時以外の素振り(?)の時なんか実に美しく鞭が弧を描いていて、「ああ処刑に使われている鞭って先端が二股に分かれているんだー」とこの日初めて気がつきました。
その後ジーザスを処刑しろと迫る民衆と兵士のやり取り…もうあれ演技じゃないですよね。ここでも主に上出さんを観ていたのですがマチネでは民衆(男性)にはみぞおちに膝蹴り×2をかましていたものの民衆(女性)にはまだ手加減を感じられたのに、ソワレでは女性に対しても脚を掴んで引き摺っていて…なんだか無性に感動してしまった私です。我ながら変な感動の仕方なのですが…「芝居」を超越して「皆真剣に今を生きているんだ」と思った瞬間だったんですよねえ。

「スーパースター」でスンラユダが「ジーザス!ジーザス!ジーザス・クライスト=スーパースター!!」と叫んだ時に倒れるんじゃないかと何度か思いました。それ位気持ちが入りまくっているのが客席にも凄く伝わってきましたし、もうこの辺りからは観ている私の方も「もう…終わりです…」モードなのでラストの「ジーーーザァアアーーーーーースッ!!」の絶唱を聞くや「ああ…スンラユダがジーザスの名前を口にするのもこれが最後なのね…(涙)」と間違った方向にスイッチが入ってしまう有様。

カテコの模様は既にあちこちでレポが上がっていますので割愛しますが、マチネに続く柳瀬さん&スンラさんの抱擁に加え、柳瀬さんの「終わりでーす。終わりでーす。」と言う口パクの雅な笑顔が嬉しいやら「2回もダメ押しするなんてホントに終っちゃうじゃないかー」と哀しくなるやら…もう自分でも訳のわからない精神状態でした。箸が転んでも泣けるとはこの事です(違)。

亮輔さんブログを見ると柳瀬さん、腰を痛めていらっしゃる様で…?やはりジーザス熱演連投の疲れが出たのかなあと思うと非常に心配です…が、それと同時に私にとって2007年JCS公演が沢山のかけがえのない思い出を貰う事が出来た作品だったのと同じ様に、JCSカンパニーの皆さんにとっても「フィジカル的には辛かったけど何物にも変え難い舞台だった」と思える舞台であったなら良いな…と未だちょっと感傷的なモードを引き摺っております。
またアルプ新年号に掲載の08年・09年の上演ラインナップに「JCS」が掲載されていますが、次回再演時も今回と同じ位常軌を逸して通ってしまう(汗)程の完成度を保っていて欲しいと願うばかりです。






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