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12/24「マリー・アントワネット」ソワレ~その2~

祐一郎さんの「White Christmas」に骨抜きにされてしまい「終わりよければすべてヨシ的な」満足感を覚えてしまった事、更には年を跨いでしまった事もあって、「感想はこのまま途中で放棄しちゃおうかな…」とも思ったのですが、この前楽で一番感動した新妻マルグリットに触れずに終わるのはいくらなんでも中途半端すぎるので今更ですが続きです。

※ちなみにその1はコチラです



えっと前回どこまで書いたかというと…「子役ちゃんが泣きツボだ」という話でした。泣きツボといえばやはり禅さんルイについて言及しないわけには参りません。多くの人が涙を誘われるのは「もしも鍛冶屋なら」だと思うのですが、個人的に一番グッとくるのは女たちがベルサイユに押し寄せてきた時の「私はここに残る!彼らから逃げたりはしない!!」のセリフです。

1幕では歯がゆいほどにお人好しで常に妻の言いなりだった彼が、足を震わせながらも毅然と自分の意思を貫く姿。しかし彼の決意とは裏腹に、彼の愛する民衆の頭にあるのは「金」の事だけ…。1人の誠実な人間が、革命の大きな波の中ではいかに弱いものであるかという空しさと悲しさに毎回ウルウルしていました。



にしてもどうしてルイ16世の処刑のシーンはカットなんでしょうねえ。あれだけギロチンの開発のシーンに時間を割いたのに、自らがそのギロチンにかけられるという歴史の皮肉を描かなかったのは正直拍子抜けでした…。多分あの巨大ギロチンの効果をラストシーンに凝縮させる為だと思うんですけど、もう少し工夫できなかったものかなあと。

2回繰り返す事で劇的効果が薄れるというのなら、2幕でのマリーとフェルセンの逢瀬もラスト1回(お色気シーン(笑)の方)に絞るべきだったと思ったりします。民衆の敵となった王妃に逢いに来る事がいかに困難な事であるか、フェルセンの愛がその命を賭したものである、という重みが半減してしまっている気がするんですよねえ。



この前楽公演はクリスマスイブという事もあって、山路ボーマルシェが首飾り事件でロアン大司教を紹介する時に「ハイ出ました!サンタさんじゃないよ~」と言っていました。予想通りのアドリブがきたので「うふ~読み通りv」と何やら嬉しくなったり(笑)。そうそう、林ロアンのマントの翻しっぷりが楽しくて好きです。この世の春!といったロアンの満足げな顔と、マントが顔にあたっちゃって「うわっイテー!!」と迷惑そうな周囲の人の表情の対比がツボで(笑)。



アドリブといえば「7つの悪徳」の後の休憩シーン。山路さん大好きな私ですが…それでも長すぎると…ぶっちゃけ思います(汗)。フランス革命の史実に詳しくないお客さんの為に一呼吸おいて整理する時間を与える為だとしたら逆効果ではないかと思います。それよりももっと芝居の流れを大切にして欲しいいです。とりわけ2階からだと見えないが為に余計に長く感じてしまいます。

マルグリットが5番通路まで移動する為の時間稼ぎ?とも思いましたがそれなら別にどうしても通路使わなくちゃいけないってわけじゃなかろうにと思ったり。ハッ…でもマルグリットが通路から登場しなかったら、トロ様の客席降りも不要なわけで…。ま、まさか祐一郎ファン対策が根本原因じゃないよな…アハハ(汗)。



4回目にして初めて気がついた事。マリーの裁判のシーンで、福井ロベスピエールってば逸りたつ民衆達の中で、彼だけが腕組みして壁に寄りかかって無表情なんですねえ。マリーの態度に民衆がひるむとみるや、1人前に進み出て「それでもお前の運命は決まっているのだ」というかのように冷静に指を突きつける…何事にも動じない強固な意志と冷徹な態度に背筋が寒くなりました。

で、そんなロベスピエールのラストシーンでの叫びっぷり、スゴくないですか?顔なんてもうぐっちゃぐちゃで「じゆうぅうううっっ!!!くわぁいほぉぉぉーーーっ!!」…その後は何言ってるかサッパリわかりません(笑)。血管切れそうだなあ…なんて。




溜めに溜めて本日の本題、新妻マルグリット。この日は本っ当に素晴しかった!セリフの1つ1つにマルグリットの複雑な心情がきちんと表現されていて、物語を通して「正義とは何か」を問うマルグリットの役割が非常に明確に表現されていたと思います。

開幕当初の頃は「何でこの人は登場した時点で既に怒ってるんだ?ワカラン…」と置いてけぼりな感じだったのですが、この回の新妻マルグリットは「怒っている」のではなく「懸命」という印象でした。その必死さがとても切なかったです。



王妃に対するひそかな羨望の想い。貧しい境遇の惨めさに対する嘆き。救いを求める哀しい心の叫び。不合理な世の中に対する怒り。神の存在に対する不信。人を愛する事を尊ぶ心。集団の狂気に対する恐怖。



…革命を通じてマルグリットが感じ、考えた事が手に取るように伝わってきて、最初から最後までずっとマルグリットの目線で物語を追ってしまいました。マリー処刑後の声にならないマルグリットの慟哭。王妃の処刑=旧体制の崩壊=民衆の勝利という客観的事実の中にあっても、彼女の心は王妃の処刑とともに死んでしまったのではないかと感じ、胸が締め付けられるようでした。



とはいえ脚本がマルグリットの行動に一貫性の欠如をもたらしてしまっているという問題は、役者の熱演ではカバーできない事実だと思います。私が個人的に変だと思うのは

1:「娼婦になって喜んでいるかの様な笑顔」

2:「復讐心からとはいえ巨額の金が絡む首飾り事件に加担した事」

3:「ジャコバン党の運動に参加した事」

の3つです。

1つ目は理屈ではなく笑顔はナシでしょうよと思います。

2つ目は「首飾り事件=ラパン夫人の刑死に対する復讐」のつながりがよくわからない。オルレアンの「マドモワゼルマルグリットは王妃になりたかったのだ」というセリフが「もしも」の「♪もしも王妃なら人を救うわ」にかかっていて、マルグリットが「首飾り事件=民衆を救う事」と考えているのだとしたらその心情説明がないのははしょりすぎ。

史実からするとマルグリットもオコボレに預かった事が想定されてしまうので「お金の為なんてだめよ!」と女達をたしなめる態度と激しく矛盾する印象。

3つ目は更に動機が不明確。あれ程オルレアンに対して不審の目を向けていたのに一体を何を考えているやら…。いっそマルグリットは「自ら知らないうちに政治的に利用されてしまった」設定にして欲しいのですが、それだとマルグリットがイイ子過ぎてしまうのでしょうか…。



恐らく「何が正義か」という問いが、マルグリット自身の中で常に疑問形で存在する事が作品のテーマにも繋がっているのだとは思いますが、観客に対しては「観終わってから何か心に残る」程度の疑問に留めて欲しいんですよねえ。芝居を観ている最中から「へ?何でそうなる…?」と思ってしまうのはツライです。なので個人的にどうしても納得いかない上記3シーンはマルグリットを観ない事で自己解決しています…幸いこの3つのシーンにはトロ様が後ろに登場するので(笑)。



この日、完全にマルグリット目線で観てしまったせいもあってか、2人の「MA」の対比の弱さも気になってしまいました。またもや個人的意見ですが「2人が直接顔を合わす機会が多すぎる」と思います。

パンフにあるように「沈む星と昇る星」を表現したいのなら、最初のシャンパンぶっ掛け侮辱シーンの後、2人が再会するのはマリーが投獄されてからにした方が「逆転した立場」が明確になり、歴史の皮肉を表現する上でも有効だと思うのです。

後は音楽面でも2人の対比を表現する曲が無いのが残念でした。常套手段ではありますが、同じ旋律で全く異なる歌詞を歌うとか(例:「レミゼ」におけるバルジャンの「裁き」とジャベールの「自殺」)、1つの曲の中で互いの立場故に相容れない歌詞を交互に歌うとか(例:「エリザ」における「私が踊る時」や「夜のボート」)、ミュージカル「マリー・アントワネット」として音楽的に表現して欲しかったです。「もしも」のワンフレーズだけでは弱すぎると思うのです。まあ2人の女性の対比を描くなら作品のタイトル自体おかしいのですけれど(苦笑)。



対する涼風マリーの方ですが、個人的にこの回は1幕のマリーがちとオトコマエ過ぎた気がします(苦笑)。新妻マルグリットの熱演に引き摺られたのかもしれないですがところどころ声が完全に男役でしたからねえ…。「わたくしは王妃です!神ではない!」とか「この男を逮捕するのです!」とか。

2幕の「愛した事だけが」で「すべてがあまりにも愚かであった」と過去の自らの行為を省みる歌詞がとても好きなので、1幕は天真爛漫で愛すべき我儘な態度で終始して欲しいのですよねえ。「王妃の気品」は損なわないで欲しいですが、「王妃の威厳」は2幕で表現して頂ければと…。



と、またもやあーだこーだと意見を述べてしまいましたが、この日の新妻マルグリットの熱演を観て、初めて「MA」を「また観たい」と心から思えたのが本当に嬉しかったです。一部役替りもある事だし、凱旋公演も月2回位は観たいなあと思っています。

ただ凱旋公演のチケットの売れ行きが………の様で…。良席が苦労なく取れるのはありがたいものの、譲渡に出回る程流通していない為に定価購入必須で困っていたりも…複雑だー(苦笑)。







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