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2/22「ひばり」ソワレ

既に千秋楽を迎え、今更感倍増な「ひばり」の感想です。ストプレは色々な解釈が出来るので、無い頭を絞ってあれこれ考えあぐねてすっかり遅くなってしまいました。そこがストプレの面白いところでもあるのでしょう。

蜷川作品を一度観てみたかったところに、松さん主演との事で「これならハズレはないだろう」と軽い気持ちで取ったチケットだったので、殆ど何の予備知識も無く臨みました。



四季版の「ひばり」は未見の為、どこまでがオリジナルの戯曲でどこからが蜷川さんの演出かがわからないのですが、舞台は「法廷劇」の形式でジャンヌが裁判で自分の過去を語って再現していく形で進められます。

「ジャンヌ・ダルクの話だ」としか事前知識が無かったので、ジャンヌのドラマティックな生涯とプロパガンダの恐ろしさを描いて問題提起する作品なのかなあと予想していたのですが、実際に観てみたらそういったジャンヌの英雄性や悲劇性といったある意味「分かり易いテーマ」を観客に提示して共感を抱かせる作品ではなかったです。

観客にも役者と同じ様に「ジャンヌの裁判の傍聴人」という立場を与え、それによって観客の多面的な捉え方を許容する作りになっているのかなあと感じました。徹底して自身の意志を貫くジャンヌ、神の教えに背く事をひたすら恐れる検事、「人間」こそ最大の恐怖であると考える審問官、事の真否よりもその有用性を重要視する伯爵…人が誰しもが少しずつ内包しているでこれらの要素がそれぞれの役柄を通して平等に伝わってくる…そんな印象を持ちました。



そんな中でジャンヌを処刑から救おうとするコーションとラドヴニュ師の存在が一番わかりにくかったのが我ながら不思議でした。ジャンヌを無実の罪から救おうとする…いわば「徳の人」の立場なのに。

松さんもプログラムのインタビューの中で書かれていますが、物事の判断の根拠となる軸…言い換えれば相手の価値観がわからない状態は対する側に不安を抱かせますよね。「ジャンヌを救おうとする言動」に何らかの理由を求めてしまう…私心の無さに不安を覚える自分は人間不信なのでしょうか(苦笑)。



しっかしこの戯曲、台本は一体どれ位の厚さなのでしょうねえ。3時間ずーっと台詞・台詞・台詞…言葉がシャワーの様に次々と降ってきて、一語一語言葉の意味を噛み締めて味わう余裕はとてもありませんでした。そんなわけで正確に記憶出来たフレーズはぶっちゃけ皆無だったりするのですが(汗)、一番印象に残った場面は一端裁判を終えて牢に入ったジャンヌが葛藤の末「それがジャンヌ!」と言い切る所でしょうか。神の声が導くからではなく、フランスを救う為でもなく、「自分がジャンヌである事」が貫き通すべき信念。

以前四季の舞台放送があった時に野村さんが「アヌイのヒロインとジロドゥのヒロインの純粋さは異質のものだ」という様な事を(ウロ覚えですが…)仰っていた事を思い出しました。アヌイのヒロインの持つ純粋さは「意思的」なものなのだなと感じました。特にジャンヌはシャルルを戴冠に導く過程では「それって詭弁じゃないの!?」と思ってしまう様な行動もしますし。



……とはいえ私はアヌイの他作品はTVで「ラ・ソバージュ」を観ただけですが(汗)。あれもなあ~石丸プリンス演じる人柄・地位・財産と全て揃った恋人が、自分の全てを受け容れてくれると言っているのに断固として「ノン」を繰り返すヒロインで…まあ俗物の私からすれば「有り得ん~!!」なわけですが(笑)。

ジロドゥの方は「オンディーヌ」を舞台で、「永遠の処女・テッサ」(←保坂さん&祐一郎さん主演の我が家の家宝ですv)を録画で観ましたが、ヒロインの持つ純粋さはとことん無垢なものに感じました。ただ双方のヒロインに共通するのは「私心が無い」という事ですかねえ。

うーん…なんだかフランス文学の卒論のテーマとかにも為り得そうな話題なんで、これ以上ド素人の見解を述べると恥さらしになるのでこの辺で止めておきます(苦笑)。



あとはラストシーンの解釈ですよねえ。1週間以上レポを放置した大きな要因はコレです。最後の最後にシャルルの戴冠式のシーンを持ってくるというのはどういう意味があるんでしょう。最終的に後世の人々の心に残ったジャンヌの姿、という意味なのか。全てをそぎ落として残った歴史的事実として描いたのか。もの凄く単純にあの終わり方の方が火刑で終わるより後味が良いからとか(笑)。

最後のはまあないと思いますが(笑)、私はいまだ答えを見出せずにおりますので、ご覧になった方で「私はこういう解釈をしましたよ~」というのがありましたら是非お聞かせ頂きたいです。



すっかり長くなりましたが簡単に役者の感想を。


まずは主演の松ジャンヌ。とにかく凄いとしか言い様が無いです。まずあの膨大な量の台詞をよどみなく喋り続ける記憶力が凄まじいわけですが、それよりも技術としての台詞回しの巧さ!松さんが喋りだすと言葉の1つ1つの音が粒の様に綺麗に揃って、さながら音楽の様に自然に聞こえてくるのが素晴しかったです。



次のお目当てはもちろんさとしさんのウォーリック伯。で、当然ステキvvと萌えてきたわけですが(笑)、そういう個人的感情(?)は抜きにしても魅力的な伯爵でしたよねえ。無意識に上から目線みたいな…ってそれじゃ単なる嫌味なヤツみたいですが、あらゆるものを当たり前の事として享受してきた上流階級の人間に特有な鷹揚さと傲慢さのバランスが魅力的でした。「優雅な傲慢さ」とでも言うのでしょうか。そしてあのお衣装は裾がアシメトリーになっているのがツボですよねえ。後ろが長い=引き摺る=マント萌えの心に火がつく、と(笑)。1歩間違うと豪華なカーテンか劇場の幕かって感じですが、さとしさんは上背もあるのでお似合いでした~。



観る前は松さんとさとしさんの2人がお目当てだったのですが、前にも書いた通り壌さんという思わぬ伏兵に完全にKOされてきた私です。もうもうもうもうなんなんですかーっあの低音超美声っ!!1幕の前半は出番が無い(舞台には出てるけど台詞が無い)ので「後ろの裁判官みたいな大きい人、ひょっとして寝てない?」とか大失礼な事を心中思っていたのですが、第一声を聞いた途端あまりに自分好みの美声に腰が抜けそうになり、あの美声の余韻はいまだ耳の奥に残っている程です。「ああ…クリスティーヌの気持ちが今なら私にもわかるわ…」とアホな事を考える始末。ホント夢の中に出てくる程の魅惑ボイスでした。ああ…もし叶うなら~もう一度お声を~♪



というわけで温めに温めた割りには案の定大した内容がありませんが、初の蜷川作品、色々と考えさせられて興味深かったです。更に先週土曜日ホリプロオンラインの先行でついつい「エレンディラ」のチケットをぽちっとしてしまったのですよね~。いやだってアッキーが蜷川作品ですよ!?多分ちょっとでしょうけど歌もあるみたいだし。

実は午後になってから「そういえば今日が発売日だ」って気がついて慌ててネットを開いたのですが、普通にD列なんていう良席が取れちゃったのでビックリなのですが…幸運になれていないので(笑)。劇場の場所もあるのかなあ。ちなみに私は自宅から彩の国さいたま芸術劇場まで約2時間かかります…ハハハ…日帰り旅行だなコリャ。ストーリーを殆ど知らないので今度は予習して臨もうと思っております。





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